Ojisanが哲学する

哲学大好きなojisanが偉そうに人間や社会を語ります

幸福になるのは難しい

私はしばしば幸福について語っていますが、なかなか人間は幸福になれないようにできています。

それは2つの意味において。

1つは、人間とは「環境に慣れる動物」だからです。

たとえどんな状態になっても、人間は基本的にその状態に適応します。

ビルゲイツ孫正義が日々幸せかと言えば、おそらくそんなことはないのです。

彼らからしてみたら彼らの状態は自分にとっては普通ですからね。

私がよく持ち出すお話ですが、私や皆さん(のほとんど日本人であると仮定して)は、「蛇口からきれいな水が出る」ことや「屋根があるところで眠れる」ことに幸福を感じません。

なぜならば、それは「生まれた時からのデフォルト」だからです。

私の祖父は戦争に行った人間なので、「きれいな水が飲めることは幸せ」、「屋根がある所で眠れることは幸せ」と常々言っていましたが、当然我々がその感覚にリアリティーを持つ事はありません。

理解はできますがリアリティーはありません。

なぜならば、生まれてこの方「それが当たり前」だと思ってるからです。

ですから、たとえ現在の所得が400万円の人がその所得を2000万円にしたところで、最初の1年ぐらいは幸福感が持続しますが、いずれその幸福感はなくなります。

結局その状態に慣れてしまうからです。

(とは言え、幸福感は逓減していきますが、例えば生活保護やそれに近いレベルの生活をしてる人と年収2000万円くらいの生活をしている人の幸福感が全く同じはずもありません。

イメージしてるほど差がないだけで、やはり全く差がないわけではないですから。)

次に幸福になるのが難しいのは、人は「身近な他者」と比べるからです。

これも私がよく引用している例ですが、例えば今現在丸の内でOLをやっていて、東京カレンダー的な価値観のコミュニティにいたら、「年収1500万円の医者(や商社マン)」と結婚して東京港区のタワーマンションにでも住めば周りのOLたちにうらやましがられて非常に良い気分でしょう。

しかし、結婚してしまえば「ステージ」が変わります。

今度(無意識に)比べる対象は、「港区のタワーマンションに住んでいる妻」なのです。

残念ながら結婚できない負け犬女性や足立区に住んでいる女性と比較することなどありません。

男性の場合もそうです。

有名大学や有名企業に行けば圧倒的に勝者になれると思ったら間違いです。

 

結局そこの組織に行ったらそこの組織である事はデフォルトなわけですから、相対的にはみんな一緒なのです。

 

そしてその一緒の組織の中でもさらに細かい差をつけたがるのが人間です。

人間はどこまでいっても差をつけたい生き物なのです。

こういったお話をちょっと斜に構えて馬鹿にする人間がいます。

しかし、私は断言できますが、自分がちょっと離れたコミュニティーや階層にいると「そんなくだらないことで差をつけて馬鹿らしくない?」と達観したようなことが言えるのですが、人間は何かしら「くだらない差」を意識しないことはないのです。

横浜と茅ヶ崎は違う、とか。

恵比寿と目黒は違う、とか。

福岡と佐賀は違う、とか。

沖縄でも那覇と離島は違う、とか。

三菱商事と丸紅では格が違う、とか。



皆さんも手を胸に当てたら、必ず自分でもこれに近いくだらないことをしているはずです。

ただ、自分が全く関係ない世界にいるとくだらなく感じるだけです。

現に私も港区の妻のカーストやマウンティングをかなり馬鹿にしてますから。笑

まぁ、それはどちらかと言うとくだらないからと言うより、「虎の威を借りる狐」だから馬鹿にしてるだけですが。

ただ、私も女に生まれていたらそういう世界に染まっていた可能性もあるので、意外と馬鹿にはできないのかもしれませんが、、

まとめますと、なかなか人間は幸福になれないようにできていますが、それは

人間は幸福に慣れるから

というのと

人間は結局ステージが上がると比較する他者のレベルが上がるから相対的な満足度は変わらないから

という点に集約されています。

ではどうすればいいのか?については、次の投稿で。