Ojisanが哲学する

哲学大好きなojisanが偉そうに人間や社会を語ります

教養としてのマウンティング

数日前に『新独学術』を紹介しました。

もちろん紹介したぐらいですから基本的にはいいことを言ってるのですが、実は「本物の教養」を身につける上でこの本が言ってることに愚直に従うと有害な面もあります。

なぜならば、日本の学校教育は無駄に「一問一答的な知識」を重視する傾向がありますから、受験参考書を用いた勉強というのは「ただ知っているだけ」の「知識バカ」を養成する危うい面もあるからです。

「ルソーが社会契約論を書いた」
周期表には周期と族がある」

日本人はどうもこういった「単なる知識」がある人を無駄に礼賛する傾向があります。

クイズ番組などを見ていても、ただ単に細かいことを知ってるだけで何故か持ち上げられます。

しかし、ただ単にものを知っているというのは21世紀においてほとんど何も価値はありません。

なぜならば、細かいことなどスマートフォンで調べれば良いからです。

もちろん最低限の知識がないと調べることすらできないのである程度の知識は前提ですし、ある程度のところまでは知識と思考力は比例します。 しかし、テスト的な細かい知識などいくらあっても仕方ないのです。

それでもこの本の筆者や佐藤優が受験参考書で勉強したがるのかといえば、結局それがマウンティングしやすいからです。

例えば、「今の日本の政治に欠けてるものはなんだと思う?」という議論をしていて相手に自分の思考力の高さを認めるのは難しいと思います。

なぜならば、思考力など定量的ではないからです。

わかる人にはわかりますが、主観もありますし、なかなか難しいのが実情です。

しかし、「単純知識」というのは相手に負けを認めさせる上で非常に便利な道具なのです。

「君さー、スイヘイリーベって原子番号20番まで言える?ほら言ってごらんよ」とか「二次方程式の解の公式言ってごらんよ?」と質問して相手が答えられなかったら、少なくともその瞬間に相手にマウンティングすることができます。

このような定量的で答えがある分野というのは非常にマウンティングの材料にしやすいのです。

しかし、こんなものは所詮マウンティングの材料でしかないですし、日常生活で使わない知識ですから知らないのは当然と言えば当然です。

それでもこの本の著者や佐藤優がこの手の受験参考書の知識で勉強したいのは、本人たちも認めないと思いますが、根本の所では受験学力にコンプレックスがあるからです。

日本の高等学校の教科書は、基礎的な知識を確認するのには適していますが、所詮2、3回パラパラ読んで、ほんとに重要なところだけ覚えていれば、その程度で充分です。 こんなものに膨大な時間をかける位であれば、学者が書いたような各学問の入門書を読み、それについて自分の頭で考えることが圧倒的に大切です。

細かい知識は所詮マウンティングネタでしかありません。

ただし、マウンティングのためだと割り切った上で受験参考書を何度も読むのはそれはそれで意味がないこともありません。
なぜならば、社会において「頭がいい人だと思われる」のには現世利益的なメリットがあるからです。(まぁ、そのような単純知識でマウンティングできるようなレベルが低い相手ならば、ですが、、)

要は「マウンティングのための勉強」と本物の教養の勉強をしっかりと分けるということです。

この本の筆者や佐藤優あたりは自分でも気づいていないと思います(というか認めたくない)が、人から認められるために学んでいるという側面が非常に強いのです。

「純粋に教養を高める」というより、「人から教養があると思われたいから学んでいる」という側面が非常に強い。

もちろん「純粋に教養を高める」といっても、それなりに人から教養がある人間だと認められたいという側面がゼロという事はありえないと思いますが、要は「バランス」ですね。

私も何か学ぶ時に、純粋に興味があるから学んでいる場合とある程度他人を意識した上で「この程度のことを知らないと」というマウンティング目的で勉強している場合がありますが、自分なりにそこは自覚して分けています。

例えば私は日本史などには全く興味がありませんが、さすがにあまり日本史を知らないと馬鹿にされるので仕方なく勉強しています。

それに対して、宇宙や哲学の勉強をする時は、ある程度純粋に興味があるから勉強してるように思います。(とは言え、「宇宙に興味がある俺凄い」と思われたいという承認的側面があるのは否定できませんが、純粋に学びたい要素もかなりあるのも事実です)

自分が何かを学ぶ時に、マウンティング目的なのかある程度自発的な目的なのか、は自分なりに意識して定義したほうがいいと思います。

そうしないと、教養を得ることが人から認められるための単なるツールになってしまうからです。
佐藤優はその典型的な悪例ですから。