Ojisanが哲学する

哲学大好きなojisanが偉そうに人間や社会を語ります

文系と理系のそれぞれの問題点

今日は、アカデミックな世界でこれといって実績のない私が、文系と理系に特徴的な「悪い思考のパターン」について偉そうに論じる、というなんとも不遜なことをやりたいと思います。

私は、特に文系理系どちらかを擁護したいというバイアスもないので、それなりに正しいと私は思っています。(まぁ、どんな言説であっても自分すら正しいと思わなかったらそもそも発言すらしないですから、「正しいと私は思っています」ってあまり意味がない発言かもしれませんが、、笑)

まず文系の弱点ですが、文系、とりわけ数学を選択しなかった私立文系の人は、よほど理系の本を読んでるとかではないかぎり基本的に

数式や図形グラフなどを使った議論が弱い

です。

もちろん倫理や法学など価値判断の領域(純粋論理や数式で語れない世界)に関しては、コテコテの文系人間でも比較的鋭い議論をされる方もいらっしゃいますが、やはり物理や数学などで純粋に論理を使うトレーニングをしていない弱みは表面的には顕在化しませんが、やはり深く長い議論をしているとどこかで弱みとして出てくるような気がします。

物理が数学などの自然科学の世界では、余計な情報を切り落として純粋に数字や論理のみを扱いますから、それがやはり思考トレーニングとして非常に有益なのです。

(もし文系出身でこういった分野について強くなりたいのであれば、急がば回れで高校の物理や数学の勉強をした方が良いでしょう。)

これが文系の基本的な弱点です。

では、理系の方が圧倒的に文系より優れているのか?

これもちょっと違います。

実は理系の長所と文系の弱点はコインの裏表です。

理系の人の悪い特徴として、

「何でもかんでも自然科学的な視点で語りたがる」

という弱点があります。

上で「思考トレーニングとして物理や数学のような抽象化された世界を知ることは大切」と述べましたが、これはあくまで「思考トレーニングとして」という縛りがあり、まさか世界の複雑な現象を全て数式や形式論理で語れるはずがありません。

「対偶だから真」、「背理法より真」などと簡単に解決できる問題は社会にはありません。

なぜならば、人間や社会は矛盾やアンビバレントに満ちているからです。

私は未だに「いかに生きるべきか」、「なぜ生きるか」よくわからずに悩みながら生きていますが、これはニュートンアインシュタインでも絶対に答えが出ない問題です。

理系的な視点で答えが出る問題など、世界全体の問題の中でほとんどないと言っても良いでしょう。

こういったことが感覚的にわからないのは多くの理系の人の欠点です。

ですから、大切なのは文系的な視点と理系的な視点を融合させることであり、弁証法的にそれらを乗り越える視点でしょう。

まずは一定程度思考トレーニングとして理系的な世界を知りつつ、世界の多くの問題は理系的な視点では解決できないという、矛盾するようのな事実をかみしめることが正しく思考するためのコツではないでしょうか。