Ojisanが哲学する

代官山在住のojisanが、人間や社会について偉そうに論じています。京都大学法学部在学中に大手予備校で予備校講師をしていましたから、教育に興味があります。

ホモルーデンス

人間と生物を比較した時に生まれて来る「人間の特殊性」ってどこにあるんでしょうか。

人間とは何か?について先人たちは様々な考察をしてきました。

ホモサピエンス(リンネ)、ホモルーデンスホイジンガ)、ホモファーベル(ベルクソン)、シンボルを操る動物(カッシーラー)、社会的動物(アリストテレス)といった様々な人間理解があり、もちろんどれも全て正解だと思います。

高校の歴史の教科書では「火や道具の使用、直立ニ足歩行」という説明がなされます。

しかし、私がその中でも「なるほどな」と思ったのは、「ホモルーデンス」です。

ホイジンガーという哲学者がおそらく最初に言った言葉でしょうが、人間は「遊ぶ動物」です。

生物というレベルで考えたら、ここまで高度な文明を発達させる必要も芸術や学問を発達させる必要もなかったと思います。

それでも、神様のいたずらでしょうか、我々ヒトという生物は明らかに生存や生殖に必要がないことでも「遊んでみたい」という欲望を持ってしまいました。

ピラミッドなりベルサイユ宮殿なり、東京タワーなりといった建造物も源氏物語や百科全書のような学問や芸術も、別に生きるために不可欠ではありません。

しかし、ヒトは面白いことをせずにはいられないので我々はそういった「遊び」をすることにより文明や芸術を発達させてきました。

もちろん猫や犬も遊びますが、学問や芸術のようなシステマチックな遊びをすることはできません。

人間が「霊長類ヒト科」という生物にとどまらない顕著な特徴は、「遊び」なのではないかと私は思っています。

ホモルーデンスというネーミングはさすがです。