Ojisanが哲学する

京大在学中に英語講師をしていたojisanが、人間や社会について偉そうに論じています。趣味は英語で英検1級です。

最後に何が残るのか

自分の人生なり配偶者等について考えるときに、1つの思考実験として「お金や地位がなくなった時に何が残るのか」は考えるべきだと思います。

ここ数日述べていますが、社会は綺麗ごとでは語れず、「お金が全てじゃない」ものの「お金でかなりのことは解決できる」のもまた真実です。

ですから、できる範囲で所得を上げる努力をするべきでしょう。(もちろん労働時間との兼ね合いはありますが)

しかし、お金は所詮紙切れです。

インフレになったり世界恐慌が起きたときに日本円が全く無価値になることがないとは言えません。

また、リストラにあったり社会情勢が変わることによって突然所得が急低下することもあるでしょう。

そのような時に「たとえお金がなくなったとしても、自分はこれがあるから幸せだ」と思えるものがどれだけあるのか、は人生をよく生きる上で非常に大切だと思います。

最初から「お金なんて重要じゃない」と諦めてしまうわけではなく、基本的にはある程度所得を増やす努力をした上で、全く逆の発想も絶対に不可欠だと私は思っています。

そのように考えたときに、お金がなくても自分の中で心から楽しいと思える趣味を持ったり、家族とお金や地位ではない関係性を築ける事は将来のための最大のリスクヘッジです。

「お金持ちだから」と富裕層と結婚したがる女性はいっぱいいますが、男性から見ても女性から見ても「お金だけが取り柄」だとお金がなくなったときに何も残りません。

別にお金がないよりはあったほうがいいでしょうが、完全にお金だけを基準に相手を選んだりするとそれはそれでお互い不幸です。

貯金や保険以上の最大のリスクヘッジは「お金がなくなってもそこそこ幸せな人生が歩めるためのプラン作り」かもしれません。

つまり「メンタル的なリスクヘッジ」ですね。

女性で派手なレストランや高級ブランド品などをInstagramにアップするのを生きがいにしているような方は非常に危険です。

よしんばその状態が一生続くのであれば問題ありませんが、まさか「旦那が優良企業に勤めている」程度で「一生安泰」などと考えているとしたら、噴飯ものです。

30年後の日本社会など誰にもわかりません。

究極的に言えば、インフレになった瞬間にお金の価値など吹っ飛びます。

そもそもお金など、共同幻想による紙切れなのですから。

「所得を上げる努力」と「所得がなくなっても幸福になるためのプラン作り」は矛盾するものでも何でもなく、むしろ車の両輪とすら言えます。

もし私が無一文に近い状態になったら、代官山から沖縄に引っ越します。

そしておそらく学習塾かそれに近い商売をやるでしょう。

SNSを全てやめて(笑)、見栄を張るような事は一切しないつもりです。

そして、ひたすら本を読んで今以上にブログを書きます。

子供はすべて公立で私が勉強をすべて教え、琉球大学でも行って、本人が望むなら沖縄県庁でも勤めたら幸せでしょう。

食事は原則自炊で、外食はしない。

ブログもアフィリエイト用のくだらない記事を書くアカウントを作るでしょう。

これで大体年収500万円くらいにはなり、沖縄で暮らすには十分すぎます。

こんな感じで、自分がもしやばくなったらどうすれば幸せになれるか、は将来のためのリスクヘッジとして絶対に押さえておいた方が良いでしょう。

繰り返しますが、「所得や地位を上げる努力」と「それらが全くなくなっても幸せになる人生のプラン作り」はどちらも非常に大切です。