Ojisanが哲学する

京大在学中に英語講師をしていたojisanが、人間や社会について偉そうに論じています。趣味は英語で英検1級です。

人間の本質

異性から「なんで私のことが好きなの?」と聞かれたときに様々な回答があり得るでしょう。

私が面白いと思うのは、「好きな理由」によって我々が嬉しかったり嬉しくなかったりする点です。

例えば男性で、こんなことを言われてすごく嬉しい人はいないでしょう。

「お金持ちだから好き」
「社会的地位が高いあなたが好き」

でもこれはそこそこ嬉しいのではないでしょうか?

「一緒にいて楽しいから好き」
「背が高いから好き」
「顔が好き」

どれも広い意味では「あなたを構成する要素」ですが、人間には「それを理由に好きになられて嬉しい要素」とそうじゃない要素があるようです。

でも例えば、お金というのも見方によっては、自分の努力や投入したエネルギーの結晶ですから、その人の本質と言えなくもないだけに、なかなかその基準は恣意的です。

お金を理由に好きになられて嬉しくない男性はいっぱいいると思いますが、それはお金というもののポータビリティゆえなんでしょう。

顔や声は「移動」できませんが、お金は銀行の送金などで一瞬で送金できます。

このポータビリティーの良さが逆に「その人の本質」からかけ離れるのでしょうか。

逆に男性が女性を好きな理由を考えてみても面白いかもしれません。

「顔が可愛いから好き」

これは非常にシンプルですが大概男性が女性のことを好きな理由はこれじゃないでしょうか。笑

しかし、これは非常にシンプルなものの、女性でこう言われて嫌な人はほとんどいないでしょう。

なぜならば、やはり先ほど上で述べましたように、顔はその人の本質だからです。

これに対して
「胸が大きいから好き」
と言われて嬉しい女性はかなり減るでしょう。

厳密には、「顔も可愛いし、巨乳だから好き」ならば問題ないのですが、巨乳が「本質的な好きな理由」だとほとんどの女性は嬉しくないでしょう。

また、顔に関して面白いと思うのは、やはり女性が実は整形手術をしているということがわかったら、男性はかなり引くと思うんですよね。

「私、実は足にボルト入れてるんだよね」は許容できると思いますが、「私、目と鼻いじってるんだよね」と聞いたらほとんどの男性は興ざめでしょう。

これも結局顔は本質的だからこそいじってはいけないということなのでしょうか。

でもなかなか不思議なのが、目や鼻の整形は比較的社会通念上許容されないのに、レーザーで肌をきれいにしたり歯科矯正をしたりしても誰も文句は言わないんですよね。

歯の矯正は許されて、目や鼻が許されないのもよくよく考えてみると面白いものです。

何が人間の「変わらない本質」なんでしょうか?

また同性の友情においても、「お前のこと面白いから好きなんだよね」と言われたら誰もがいい気分でしょうけど、「お前といるとビジネスチャンスくれるから好きなんだよね」と言われたら非常に不快ですよね。笑

話が面白いのもビジネスチャンスをくれるのも広い意味では「受け手のメリット」なわけですが、やはり前者は許されて後者は許されないわけです。

これは結局、「お金は汚い」ということなんでしょうね。

しかし、人間が不思議なのは、これほど資本主義社会でお金が大切なものなのに、正面切って「お金をくれるあなたが好き」とは言えない点ですよね。

それから私はいつも思うのですが、「あなたのことが好き」と言っても、「俺のことがそんなに好きなら俺のうんこを食べてくれ」と言われたら普通は「は?」となります。

「私」はどこまで私なんでしょうか?

私の汗は私か?
私の爪は私か?

「意識がその人の本質」と言うならば、マトリックスの世界のように、脳に刺激を与えられて実験室で生き続けたとして、それは「私の人生」なんでしょうか?

今日は結論らしい結論はないですが、皆さんが考えるためのよすがになれば幸いです。

とりあえず一つ断言できるのは、「わたし」の範囲って一枚岩には決まらない玉ねぎのようなものなんですよ、ってことですね。