Ojisanが哲学する

京大在学中に英語講師をしていたojisanが、人間や社会について偉そうに論じています。趣味は英語で英検1級です。

幸福のポートフォリオ

私がいつも心がけている事でもあります。

われわれは幸福を求めて生きますが、「どうやったら幸福になれるか」について戦略を練ることは、幸せになるために絶対に必要不可欠だと私は思っています。

男性であれば、イケメンでお金もあり背も高く、仕事もやりがいがありまくり、奥さんは死ぬほど美人で、会社ではとんとん拍子に出世して、草サッカーではストライカーで、子供は可愛くてしかたない・・
なんて、あまりにも幸せな人は何も考えないで幸せかもしれませんがw、私をはじめほとんどの凡人は、そんなに幸せすぎるわけではないと思いますから、やはり限られたリソースの中で「どうすれば幸福になれるか」を考えることが非常に大切です。

そして
「幸福の源泉」はより細かく分割するべき
だと私は思っています。

投資の大原則で「卵を一つのカゴに盛るな」という言葉がありますが、これは我々が人生の幸福について考える時にもあてはまるでしょう。

我々は生きていると、様々な欲望を持ち、その欲望を充足することにより幸福を得ます。

しかし、
あまりにも限られた対象からしか欲望の充足を得られないと、それが潰れたときに瞬間的に不幸になってしまいます。

例えば女性であれば、「富裕層の男性と結婚する」ことに人生かけてる人もいるでしょう。

男性なら「今の会社で絶対に出世する」ことに人生かけている人もいるでしょう。

最高裁の判事になる」とか「絶対に事務次官になる」といった価値観を持っている人もいるでしょう。

別にそういった欲望自体は否定しませんが、自分の幸福の源泉を100%そこに求めると、その願いが成就されないときに一瞬で不幸になってしまいます。

港区の奥さんが客観的な状況の割にはあまり幸福ではないのは、幸福の源泉がほぼ100%「どんなに豪華な生活をしているか」と人から認めてもらうかどうかに由来しているからです。

子供がどんな学校に行っている。
旦那が何をしている。

ここだけで競っているから不幸なのです。

もっと趣味とか仕事とか様々な世界から幸福を得られるようにしないと本当に不幸です。

なぜならば、男性の出世や女性の生活水準によるマウンティングというのは、完全に相対評価の世界なので、これで幸せになるというのは、実はかなり「無理ゲー」が最初から決定しているわけですから。

官僚として出世して事務次官になるとか、最高裁の判事になるとか、大手法律事務所のパートナーになるとか、三菱商事の部長の妻になるとか、この辺を求めている限り、ほぼ最初から戦いに負けるのは決まっています。

こういった俗的なところによる承認はコストが高い上にほぼ最初から負けが決まってるわけで、
別に求めてもいいと思いますが、それに人生をかけると不幸になることがほぼ自動的に決定します。

そうならないためにはどうすればいいかと言うと、「幸福の源泉を分割する」ことによりある種のリスクヘッジをすることが大切です。

まず家庭での幸せと仕事の幸せ、趣味の幸せといった形で幸福の源泉をどんどん分割します。

さらには、仕事や友人関係に関しても、どんどんリスクヘッジをしていくのです。

(人間関係を「リスクヘッジ」という言葉で表現するのは空寒いと思いますが、便宜的なものなのでご宥恕ください)

私も小中高大やサッカーのクラブチーム、経営者仲間、Facebook友達などで様々なコミュニティーに属してきましたが、やはり
「居心地が良い空間」は自分の状況や価値観によっても違ってきます。

ある程度大人になってくると、どうしても現実の生活があるので、昔の友人とあまり話が合わなくなってきたりすることもあるでしょう。

例えば今自分が仮に年収8000万円で、昔の友人が年収400万円の生活をしていると、どうやっても生活水準や子供の教育などで悩んでることや考えてることのレベルが違いますから、お互い会話がすれ違ってしまいます。

「インターナショナルスクールに入れたいんだけどどうしようかなぁ」なんて普通に言ったとしても、年収400万円の方からしてみたらただの嫌味でしかありませんし、かと言って年収8000万円のサイドからしてみたら別にほんとに悩んでるわけですから、もはやどちらが悪いとかではなくこの人間関係はもううまくいかないのです。

これは女性でも経験するでしょう。

配偶者の所得が5倍も10倍も違えば、生活水準や悩むレベルが違いますから、やはり昔の友達と言えどもなかなかうまくいきません。

そこでまた相手の気を使ったりするのは、それはそれで失礼だったりしますから、よほどの親友とかではない限り、やはりこういった人間関係はうまくいきません。

ちょっと具体例が長くなりましたが、要するに何が言いたいかと言うと、
友人関係もある程度多角化しないと、その都度その都度お互いにとって心地よい関係は築けない
ということです。

私は一方ではお金とか物質だけが幸せの源泉ではないと思っていますが、そうは言っても人は現実の生活を無視することもできないので、これはある程度仕方ない話です。

やはり、生活の話や子育ての話をするような友達、趣味の友達、Facebookの友達、仕事の友達というように、友人関係を意図的に広げておくことが大切だと思います。

また、幸福というか承認の源泉についても、趣味であったり、仕事であったり、様々なところから幸福を幸福を得られるように工夫することが大切です。

幸福の源泉を細分化するのが、安定して確実に幸せな人生を歩むための大切な要素だと私は思っています。