Ojisanが哲学する

代官山在住のojisanが、人間や社会について偉そうに論じています。京都大学法学部在学中に大手予備校で予備校講師をしていましたから、教育に興味があります。

仙人思考について

私の投稿をフォローしていただいてる奇特な方ならご存知の通り、よくも悪くも私は達観したところから仙人のように
「やれやれ。人間界はこんな感じになってるのう」
と人間社会を分析しています。

これは偉そうにそうしてると言うより、
一度仙人目線になることにより、人間社会や俗世間を相対化、つまり引いたところから眺めて、日々の欲求不満や苛立ちを抑えたい
からです。

これまでも何度か述べてきたことですが、私は、自分の気持ちをコントロールするために、まず徹底的に視野を広げる事を心がけています。

まずは視野を広げるために宇宙の誕生から世界は始まります。

150億年前です。

(ビックバンの詳細に立ち入るほど私は自然科学の知識がないので詳細は省きます。)

次に地球の誕生。

46億年前です。

その次に生物の誕生です。

30億年前。

ここから単細胞生物、多細胞生物といった形で生物が進化していきます。

そこからどうやらホモサピエンスという我々の直接の祖先が枝分かれしてらしいです。

これがおよそ3万年前です。

そして、旧石器時代新石器時代といった時代を経て、ソクラテス始皇帝といった「歴史」の世界が始まります。

およそ3000年前です。

ここまでざっくりと宇宙や地球、生物の歴史を概観してきましたが(概観にもなってないですね、紹介です)、お分かりの通り、人間(ホモサピエンス)の歴史なんて本当に小さいですよね。

また、太陽系の大きさを考えたときに、地球とかいわんや日本とか本当に小さいですよね。

こんなに小さなところで何が起きようが、偉くなろうが、たいした「意味」なんてないですよ?

ただ、「意味」があるとすれば、家族と過ごして楽しいとか、趣味が楽しいとか本当に主観的なものだけです。

太陽系とかそのレベルで話を考え始めると、我々の存在自体がものすごく小さくなり、あらゆる欲求不満や苛立ちが遠のきます。

そこまで極端じゃなくても、海に行くと「こんなに海って広いんだね! 日々のくだらない悩みなんてどうでもよくなってくる」なんて中二病みたいなこと言ってる人今まで見たことありますよね?笑

「今の日本」や下手したら「今の私がいる会社」という規模でほとんどの人はものを考えてると思いますが、本当に視野を広げて、地理や歴史、地球、太陽系というレベルでものを考えると、本当に日常の雑事がどうでもよくなってきます。

もちろん完全には不可能でも、頭の中で仙人思考になることにより、日々のくだらないことがほんとにどうでもよくなります。

仙人から見たら港区も足立区もないし。
仙人から見たら美人もブスもないし。
仙人から見たらビルゲイツも私も「同じ人間」です。

仙人思考は人間社会を完全に相対化してくれます。

ただし、このような思考を身に付けることは非常にリスキーでもあります。

サンデル先生が、「哲学をすることはリスキーだ。なぜなら、もう普通の世界には戻って来れないからだ」とハーバード白熱教室でおっしゃっていましたが、私も哲学や思想の世界につかることによって本当に娑婆に戻って来れなくなってしまったので、この感覚はよくわかります。

また、あまりに達観したところから、世の中を眺めていると、よくも悪くもニヒリズムにつながります。

宇宙とか生物の歴史とかそのレベルで考えていくと、我々のあらゆる営みがゴミのように思えてくる

からです。

私は小学生位から「どうせ死んでしまう」と考えてきてますが、やはりここまで暗いことを常に考えていると、何をするにしてもニヒリズムにどっぷりとつかります。

サッカーの試合に勝っても、
「あーよかった! (ま、どうせ死んじゃうけどな)」
好きだった女の子と付き合えても、
「あの子と付き合えてよかった!(ま、どうせ100年後には僕もあの子も死んでるんだけど)」
とどこかで悲しげな自分が俗世間に埋没しようとしてる自分に常にブレーキをかけてきます。

タワーマンションの高層階からワインを飲みながら東京の俗世間を眺めて、普通だったら嬉しい気分でしょうけど、私の場合は「ああ、いい気分だなぁ。(でも、まぁくだらないっちゃあくだらないよね。宇宙や生物のレベルで考えたら)」と「もう一人の自分」が歯止めをかけてきます。

仙人思考は俗世間のマウンティングやカーストを相対化かつ浄化する機能もありますが、やはりどこかで達観しすぎることによるニヒリズムが出てきてしまいます。

仙人思考はいいことばかりでもないなぁと本当に思いますが、でもとりあえずちょっと身に付けてみて悪いものでもないなとも思います。(って結局どっちつかずな結論ですけど、、)