Ojisanが哲学する

代官山在住のojisanが、人間や社会について偉そうに論じています。京都大学法学部在学中に大手予備校で予備校講師をしていましたから、教育に興味があります。

頑張る理由はいらないのか?

東京カレンダーの連載で、とある登場人物が、「頑張るのに理由なんてない」とかっこつけて語っていましたが、なんか美談のように収まっています。

「がんばるのに理由なんてないよ」

 

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確かになんとなくかっこいいですけど、私の人生哲学から言わせると、限りなく馬鹿げた考えです。

外銀や電通に行くような人もこのように言いますし、それを正当化します。

「いや、人生走り続けちゃったから、ずっと走るしかないよね。それには理由なんてないよね。ずっとトップが良いんだから」みたいな。

「がんばるのに理由なんてない」って、要は思考停止を正当化しているだけです。

これは日本社会のフォークロアだと思ってますが、残業にせよ、就職活動にせよ、受験勉強にせよ、日本人は頑張ることが美徳だと完全に信じています。

石の上にも3年
念ずれば花開く
etc

努力することそれ自体を礼賛する人間が非常に多いのが日本社会の特徴です。

しかし、私から言わせると、努力するのにも、頑張るのにも、絶対に目標や理由が必要だと思っています。

やはり、「ただ頑張る」なんて明らかに馬鹿げています。

私はできる限り努力も苦労もしたくないです。

しかし、少し面白いレトリックで言えば、「出来る限り努力しないように努力している」のが私の生き方でしょう。

繰り返しますが、ただ理由や意味もなく頑張るのは素晴らしいことでも何でもありません。

ただ単に根本的な思考から逃れるために、ただただ忙しさにかまけて人生の本質的な問いから離れてるだけだと思います。

何のために頑張るのか?

それはどうやったら意味があるのか?

それを問い続けなければ人生を有意義に生きることはできないと思います。

頑張ることに意味があるんじゃないんです。

 

頑張った先の「何か」が欲しいから人は頑張る必要があると思います。

 

その「何か」は人によって違うと思いますが、少なくとも頑張ることそのものに達成感を感じてしまうのは、皮肉なことに日本の学校教育の優等生であることの証左でしょう。

 

冷静に考えてみてください。

 

国家サイドからしてみたら「何も本質的なことを考えないでひたすら働いて税金を払ってくれる人」ってめちゃくちゃ都合が良い人間ですよ?

 

また、経営者からしてみても「がんばることを目的として働いてくれる従業員」ってめちゃくちゃ都合が良い人間ですよ?

 

「頑張ることが尊い」という価値観は、国の支配者や経営者からしてみるとものすごく都合が良い価値観です。

 

実は朝まで働いているゴールドマンサックスや電通の社員も、社会構造で言えば「掌に乗せられて搾取されてる側」です。

 

サラリーマンの時点で「社会のトップ」でもなんでもありませんし、少なくても私の馬主つながりの友人でそんな働き方をしてる人はいません。

 

この社会のカラクリについて気づくか気づかないか、が成功者とそうじゃない人間の分水嶺。でしょう。