Ojisanが哲学する

代官山在住のojisanが、人間や社会について偉そうに論じています。京都大学法学部在学中に大手予備校で予備校講師をしていましたから、教育に興味があります。

「一緒にするな」という勘違い

最近会った人でちょっと「おわってるなあ、、」と思ってる人がいたんですけど。

「うちの会社、レベル低いやつが多いんすよ」

と自己卑下するような話をずっとするわけです。

このようなパターンの一変種には皆さんも人生で一度ぐらいはお目にかかったことがあるでしょう。

「うちの会社馬鹿ばっかで。なんで俺こんな会社はいっちゃったんだろう」
「ほんとうちの大学って馬鹿ばっかりで。なんで俺こんな学校来ちゃったんだろう」
「なんで足立区ってこんなに下品な人が多いんだろう。住む場所間違っちゃったかなぁ」
etc

これと似たようなパターンで、「うちの会社の上司が本当に無能で」、「うちの学校の先生、本当に終わっていてさー」というやつもあります。

しかし、これらの全てに共通してることなんですけど、
いくら自分は「あいつらと違う」と勘違いしてるとしても、「他人からの極めて客観的な目線」で言えば、「あなたもあなたが言う『あいつら』」も同類です。というか同類(同じレベル)だからそもそも同じ組織にいるのです。

メッシがJ2でプレイすることがないように
電通の社員が中小企業で働くことがないように
早稲田慶応レベルの学生が、間違っても帝京平成大学にはいないように

そもそも本当に能力やランクが違うなら、同じコミュニティにいるはずがないのです。

「自分の本来の実力はこれぐらいで、今の自分は本来いるべきところにいない」というのは素敵な勘違いです。

悲しい哉、
あなたが「いまのそこのポジション」にいるのは社会的に見たら極めて妥当な結果
なのです。

自分を高く見積もってはいけません。

これは女性のマウンティングにも言えるかもしれません。

「私は本来容姿やスペック的に港区のタワーマンションに住んで専業主婦をやるような女だ」と思っているものの、現実には柏や大宮でパートをしながら一般の男性と結婚したとします。

これも残念ながら、

あなたの婚活市場における女性としてのポテンシャルはその程度だった
と評価するほかありません。

(まぁ、本当にそもそも遡れば「遺伝や環境のせい」なわけですが)

ちなみに私も同じようなことを思った事は人生であります。

「こんな下手な奴とサッカーをやってもしょうがない」
「こんな馬鹿な奴らと一緒に仕事してもしょうがない」
と思った事はありますが、こういったケースにおいて私は自己解決をして、もっと強いクラブチームに移るとか、人間関係を変えたりとか、積極的な解決を試みてきました。

いくら現状を嘆いても、繰り返しますが、他人から見ると
今のあなたの現状は、あなたの能力を社会が正当に評価した結果
です。

もし社会人で「今の自分は本来のあるべきポジションにない」と素敵な勘違いをするんであれば、転職をするなり資格を取るなり、市場に評価を求めてください。

そんなに能力が高いんだったら、一流企業に転職したり、公認会計士司法書士の資格でも取得して能力の高さを証明したほうがいいでしょう。(もちろん座学だけが「能力」ではないのですが、これらの資格は比較的ポータビリティーがあり、能力を証明しやすいですし、医学部やロースクールと違って仕事をしながら本気でやれば何とかなりますから)

そしてそれが奏功しないのであれば、残念ながらあなたの素敵な勘違いは間違っていたということです。

仕事も恋愛もすべてそうです。

残念ながら社会はそれなりにうまくできているのです。

本当に能力があまりにも高くて、現状が逆の意味で「身分不相応」なら、いくらでも引く手あまたになるわけですよ。

女性だって抜群に容姿端麗で他のファクターもそこそこだったら絶対に一定のスペックの男性と結婚できるに決まってるんですよね。

もちろん一般的にハイスペックな男性がいいと言う人ばかりじゃないのもわかりますが、それを望んでいるのにそれができないとしたら、やはりそれは自分を高く見積もっているというほかありません。

繰り返します。

あなたが今いる場所は残念ながらかなり正確にあなたの能力を反映しています。

これだけは絶対に忘れてはいけません。