Ojisanが哲学する

代官山在住のojisanが、人間や社会について偉そうに論じています。京都大学法学部在学中に大手予備校で予備校講師をしていましたから、教育に興味があります。

入試現代文のススメ

あまり学生時代に勉強してこなかったけど社会人になってからどうしても学びの必要性に気づいた人やお子さんの教育をされている方にオススメの話です。

ほんとに極論を言ってしまうと、小中高の勉強で本当にやらなければならないのは現代文だけです。

英語も数学も理科も社会もあくまでもオプション的な位置づけで、基本の基本は現代文です。

なぜならば、我々の思考はすべて言語によって行われていますが、正しく読み・正しく書くための大切なトレーニングは現代文の勉強だからです。




こういった現代文の参考書で正しい日本語の読み方を勉強する必要があります。

入試現代文の勉強は小説の読解ではなく、ある程度主張が明確で論理的な文章ですから、必ず正解があります。

「文章読解には正解がない」という意見は半分正しく半分間違っています。

やはり頭の良い人間が10人いたら10人が「同じ解釈」になるレベルの読解はあります。

そこから先のレベルで、解釈にブレが出てくるだけです。

どんな文章も自由に解釈していいわけではないのです。

なぜならば文章を書いてる人間は明確な主張があるからこそ文章を書いてるからです。

半分先程の投稿の続きですが、そもそも基礎学力として現代文の能力がなぜ重要かというと、現代文の基礎学力が低い人間の顕著な特徴として、「相手の発言を正しく理解する」能力が極めて低いのです。

相手の発言の表面的な部分ではなく真意を理解する能力が極めて低いわけです。

その結果として勝手な思い込みをしたり勝手な解釈をしたりすることになります。

これが端的に言うと「バカ」というやつです。

Facebookをやっていたときなどにも本当に現代文の能力は顕著に現れるな、と心底思いました。

私が何か主張したときに、感情的で勝手な解釈をしたようなコメントをするような方はもれなく現代文の能力が低い人で、的確なコメントをした上でさらに建設的な議論を発展させるような人は現代文の能力が高い人です。

もちろん入試現代文的な能力は非常に高度に考えるための十分条件ではなく必要条件でしかありません。

しかし、必要条件としてのその能力すら欠けているようでは当然正しく思考することなど論外です。

やはり現代文はダントツで一番大切な科目です。

学びなおしたい方もお子さんも、まずは本を読む前に現代文の勉強をしたほうがいいでしょう。

それにより、本の読み方や思いつき・思い込みで文章を読む癖の排除法といったスキルが学べるからです。

その際に、最初は選択式の問題をお勧めします。

なぜならば、選択式の場合は、答えが明確でかつ○を選ぶのには明確な根拠が要りますからね。

「恣意を排除する」ための最初のステップとしてふさわしいわけです。

「入試現代文の勧め」でした。