Ojisanが哲学する

代官山在住のojisanが、人間や社会について偉そうに論じています。京都大学法学部在学中に大手予備校で予備校講師をしていましたから、教育に興味があります。

同志社大を擁護したい

結構くだらない受験の話ですけど。(とあらかじめ断っておきますから、いつものような思想哲学的な深い話ではない、と予期して読んで下さい。笑)

ちょっと前、首都圏出身の友人に「俺、関西の私立大学ってよくわかんないけど、同志社?って要は東京のマーチくらいなわけでしょ?」と聞かれたわけです。

私は京都にいた関西人なので、なんとなく同志社大学を擁護したいというバイアスがあるわけですが、予備校講師をやっていた者としてある程度公平に答えたいと思います。

「偏差値」で比べたらおそらく明治大学立教大学同志社大学は「同じ位」でしょう。



しかし、「偏差値」というのは「その大学のビリのレベル」を表現してるだけで、「含有率」については何も語っていません。

同志社大学に行った学生と明治大学に行った学生だと、やはり上位層を比べると圧倒的に同志社大学の方が上だと思うのです。(もちろん、ここの「上」は人間的に偉いとか、めちゃくちゃ頭がキレるとかではなく、ただ単に「受験の能力が高い」という意味です、念のため)

なぜならば、同志社大学は関西私学のトップですが、明治大学立教大学は、どこまでいっても「早稲田や慶応に受からなかった人」だからです。

地方出身者の方はわかるかもしれませんが、地方では家庭の事情で「どうしてもその地域から出れない」人が一定数います。

ですから、京都大学の理学部や法学部に数点足りずに同志社大学の法学部に進学するような学生は一定数いますし、大阪大学にギリギリ不合格になったような学生は同志社大学にはゴロゴロいます。

「関西から出れない」というチョイスをとる限り、本人は非常に不本意でしょうが、これしか選択肢がないのです。

さすがに京大志望者は滑り止めで早稲田や慶応を持ってくるケースが多いですが、それでも家庭の事情で東京の私立大学は絶対に無理という人は京都大学の理学部や法学部に1,2点足りずに落ちて同志社大学に行くわけです。

つまり、京大経済学部や京大工学部のレベルの学生が少なからず同志社大学には存在するという事ですが、学力的に同じクオリティーの学生が明治大学立教大学には絶対に存在しません。

なぜならば、東京には早稲田と慶応という私学の雄が存在するからです。

東京で、(京大に近いレベルの)東大や一橋に落ちて、明治大学立教大学に進学するという事はありえないでしょう。

運悪く東大一橋に落ちるくらいならば、早稲田や慶応にはさすがに引っかかるからです。

それで早稲田や慶応に引っかからない位であればそもそも東大一橋に挑戦していいレベルに到達してなかったということです。

そういった意味で同志社大学の上位層はかなり優秀ですから、間違っても明治大学立教大学と「同じ」という事はないでしょう。

個人的に、京大阪大ギリ落ちの同志社生は、マーチどころか私立文系型で早稲田慶応に進学した学生よりも学力的にははるかに上だと思っています。

ちなみに、同じようなことが京大と一橋にも言える気がします。

上の例と同じで、京都大学一橋大学は「ビリのレベル」だとやや京大が上ですが、ほとんど変わらないと思います。



しかし、「志望動機」を考えてみたらわかりますが、やはり京大生は関西人を中心に最初から京大志望です。

(関西圏以外からですと、東大との比較でやはり京大のほうが若干受かりやすいですから、消極的に京大を仕方なく選んでる人間もいますけど、全体から見ると圧倒的に少数派です。)

それに対して、一橋大学は99%が「東大は厳しいから一橋にしよう」と落としてきた連中ですから、申し訳ないですが、トップ層を比べたら京大と一橋では天と地くらいの差があります。

頭脳王などのクイズ番組でも京大の天才は出てきますが、一橋大学から出てくる事はほぼ絶対にあり得ません。

世の中の人は偏差値を気にしますが、元受験のプロから言わせると、偏差値は「その大学のビリレベル」であり、「学生のレベルの含有率」まで考慮に入れないと、大学全体のレベルはわかりません。

やはり
同志社大学の最上位層はかなり優秀
だと私は思っています。