Ojisanが哲学する

代官山在住のojisanが、人間や社会について偉そうに論じています。京都大学法学部在学中に大手予備校で予備校講師をしていましたから、教育に興味があります。

政治が無力化する時代

選挙の時から何度か話してるネタですが、私は日々の政治にはあまり興味がない人間です。

マクロな政治の流れには興味がありますが、毎日細かく新聞の政治欄を読むような事はほとんどありません。

その理由は、ここ20年ぐらいに顕著な傾向ですが、経済のグローバル化により、一国の政治が世界に及ぼす影響力が非常に小さくなってきてるからです。

「政治」とは言いますが、ハンナ・アレントも嘆いてるように、現代政治の問題のほとんどは経済問題です。



そしてグローバル経済というのは、容易に国境を越えていきますから、一国がもはやコントロールできるものではないのです。(誰も超越的な強制力を持ってコントロールできないのが国際政治や国際経済の問題だと言われていますが)

政治問題の中で純粋に政治プロパーの問題というのはほとんどなく、ほぼ全ての問題が経済問題である以上、我々が思っているよりも政治が経済に及ぼせる影響はものすごく小さいのです。(我々が投票によって何か国際経済に正しい影響を与えたりすることはできないわけです)

佐々木俊尚という著名な思想家も言っていますが、これからは国家よりもむしろFacebookGoogle、アマゾンといったグローバル企業の方が世界に対する影響力が大きくなるかもしれません。



ちょっと難しい話ですが、我々が当たり前だと思っている「国家」というのは政治学で言う国民国家ですが、国民国家の歴史などはたかだか300年ぐらいしかありません。

そしてグローバルなパワーバランスや根本原理が崩れてきて、国民国家という大前提が自明のものではなくなりつつあります。

そうなると、そもそも国内政治や民主主義というもの自体に限界が生じてくるでしょう。

なぜならば、我々が間接民主主義を通して世界に対して及ぼす影響力など、本当に小さなものとなるからです。

豊洲がどう、とかオリンピックがどう、とかその辺の各論的なことを議論してる暇があれば、ビットコインブロックチェーン国民国家フェアトレード地球温暖化問題といったもっと21世紀の本質的な問題について考えるべきでしょう。

国内政治に全く意味がないとは言いませんが、少なくとも20年前30年前に比べて圧倒的に国内政治がコントロールできる領域は少なくなってきています。

国内政治プロパーの話より、いまのグローバル経済の力学を理解して把握することのほうがずっと大切であることは、いくら強調しても強調しすぎることはないでしょう。